「これを観ずに死ねるか!シリーズ」旧ソヴィエトのアニメ「人魚姫」
ロシアンアニメと言えば猿と熊のおとぼけハイブリッド「チェブラーシュカ」ですが、ロシア版「人魚姫」があるのをご存知でしょうか?
映画:人魚姫(Русалочка)監督:イヴァン・アクセンチュク/1968年制作。
「人魚姫」といえば、ディズニーのアリエル位しか、というかそのイメージが強大で、他にコンテンツが存在することを知る由もなかったのですが、これを観てしまったその日から、主に芸術という側面においてこのロシアンアニメの虜になっております。
実に素晴らしい、まったくもってマーヴェラス。
世間知らずの悲恋物語の神髄を、ここまで描き切った作品は他にないと思われます。
これ、ソヴィエトだからこそ湧き出た表現力。フランスやアメリカでは恐らくこうは描けない(それはそれでまた違う魅力がある作品になるんですけどね)。
とにかく、私たちが幼少の頃めくっていた絵本とは全く違う世界が展開され、圧倒の30分間が過ぎていきます。
闇夜に煌めく光の描かれ方、
人魚達のウロコの繊細さはまるでレースのよう、
哀しみを湛えた人魚姫が言葉を失い何も言えずにうなだれる首の切ない角度。
深海に棲む魔女のキャラは、そう来るか…!
そして何よりインパクトがあるのは太陽の描き方。
なんて強烈で、眩しくて、強いのでしょう!
こんな太陽に頭上で輝かれちゃ、ムルソーでなくてもタナトスに向かっちゃうだろこれ。
極北の地において、太陽はまさに恵みそのものであり、生きとし生けるもの全てを司る象徴であるという真理を、観ている側に容赦なく場面場面で焼きつけていきます。
最後まで何も気付かない?
最後に少しだけ救済がある?
王子の歯がゆい愚鈍さはその瞳に表れて、
横から現れて美味しいとこどり?の隣国の王女はまさしく「あの女」、
新婚旅行で「僕を助けてくれたあの嵐の夜、あの歌を歌っていたのは貴女だったの」と王子に問われますが、はいともいいえとも言わず、
「歌っていたかしら…」
と夢見るように濁し、後は恥じらいがちに俯いて、そっと王子の胸に寄り添う。
この作品、音楽も当然ヤバイ。
人魚姫が嵐の夜に王子を助け、辿り着いた岸辺で、
お願い目を開けて、死んではいけないと祈る歌のドラマチックさって言ったらもう(これまたロシア語の、語尾が捲り上がる感じがとても曲と超マッチしていて、一層たまりません)。
倒れた王子を助けに来る王女の登場シーンで流れるのはバッハの「トッカータとフーガ ニ短調」!!(チラリー鼻から牛乳〜、の元ネタ)
音楽センスの凄さにも、顎が外れます。
マジおそロシア。ナメてたわ。
尚、この1968年という年は。
東欧で「プラハの春」が始まり、夏にはソ連がチェコスロバキアに軍事介入、
自由への萌芽を戦車T-55でぶっ潰した「チェコ事件」が起こります。
日本では三億円事件があった他、テレビではアナログ放映が開始。
ドリフターズはまだ荒井注時代で、ちょうど志村が長さんに懇願してドリフの付き人になった年(後に脱走w)。
欽ちゃんはコント55号でバリバリの現役、
渥美清の「男はつらいよ」ドラマ放映が始まり、日本の善良な人々には「巨人の星」によってスポ根意識がダウンロードされ、
「ブルー・ライト・ヨコハマ」が大ヒット。
一方アメリカはアポロ7号を宇宙にぶち上げ、人類初の有人飛行を成功させました。
シリコンバレーではインテル創立(先月亡くなったインテルCEOアンドリュー・S・グローブ氏はホロコーストを生き延びたユダヤ系ハンガリー人。旧ソが権威を振りかざすハンガリー動乱の中、アメリカに亡命したのち、インテルのスタートアップに参加)、
そして6月にはケネディ暗殺。
とまあ、世界情勢はだいぶ激動の(そしてまた旧ソ政府軍部のやらかし具合よ)中、
旧ソヴィエト児童文学~アニメーション業界は独自の世界観でもって進化の最中/フラワーオブアートをガッツリと開花させていたわけですね。
YouTubeで観れます。
同監督のロシア版シンデレラ「ゾールシカ」もオススメ。
[]