ヒデとマダムの問わず語り 〜好きにさせてよ〜

とあるアンダーグラウンドなバーのオーナー「ザマさん(ヒデ)」と70年代生まれの通称「マダム」が、アート中心に好き勝手語るバーチャルサロンです。よろしくどうぞ。

わかる人にわかる

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暗闇の中を大音量で音楽を聴きながらボクササイズをするという、
ソウルサイクルの次の一手的なジムがオープンしたらしい。


これは相当アドレナリン出る筈。
後は実際かかってる音がどんなもんか。HPの動画だと、エクササイズにしてはちょっとBPMが遅くないか、
プロモーション用なら仕方ないか。




亭主語りて、


「そういや昔六本木にあったジオイドのバックステージで、スーツ着たヤクザがひたすらシャドーボクシングしてたな。
あれは煩わしかった笑」


と。


実にシネマチック・・・北野たけしの映画にありそう!。


と思わず笑ってしまったのだが、本質的には近いものがあるだろう。



一丁試してみたい、NY風エクササイズ。
www.b-monster.jp

斜陽世界のエレクトロミュージック


斜陽感。


欧州エレクトロミュージックシーンを席巻している「気分」はコレなんじゃないかと思う。


叙情的、繊細、メランコリック。

浮遊感、トリップ、時々エキセントリック。


UKからはFKA TWIGS、以前このブログ内でも言及したHONNE、
sukinisaseteyo.hatenablog.com

ドレイクやビヨンセの妹・ソランジュコラボで火がついた「スピリチュアルヴォイス」のSampha、

まだハタチそこそこのTom misch、

今週のヘビーローテションは次世代エレクトロR'n'BデュオのTwo another。
(70年代ソウルをバックグラウンドに持つ白人2人、J Dillaのフォロワーらしい。そうかそうか。)

上がり過ぎず下がり過ぎずが丁度いい。
極太ベースラインとセンシュアルなメロディが効く。
soundcloud.com



フランスからはFrench Kiwi Juice。

パーティ明けに皆んなで自転車に乗ってドライブしたんだ、みたいな、なんてことないPV。
成る程、Skyline。

[http://:title]



もう1人フランスのDJ Kartellのこのビデオはまさに欧州の「今」が濃縮されているような一本。昨年リリースされた新譜「Last Glow」より
[http://:title]



アルバムタイトルにもなっている「Last Glow」

緩いのにどことなく乗せられていく疾走感が病みつきに。
soundcloud.com




翻って日本では子供向けアニメの主題歌すらもEDM全盛になっていて=所謂業界のA面とでも言おうか、「そんなに子供の脳までドライブさせないでくれ」と、うんざり至極。


でも子供のスピリッツに斜陽は要らないから、


これはやはり大人の嗜みというところ。

マダムのショートショート 〜The Low 3〜




雀の剥製は小さくて軽い。



ブツを受け取る為に入ったオフィスではスキンヘッドの用心棒野郎が居眠りを漕いでいて、こいつとも一悶着あったのだが、話したところでどこにも救いはないのは分かり切っているので省くことにする。

底辺の、底辺による、底辺の為の言い争い。



俺は港に向かうことにした。




雀がちゃんと「そこにいるか」、時々ポケットに手を入れて感触を確かめる。柔らかな羽先が肌を撫でる。よしよし。こいつがなくては話にならない。



通りに出ると、海風が潮の香りを運んでくる。



海は嫌いだ。



昔、俺には8つ年上の兄貴がいたが、台風の日に波乗りをしに行って、死んだ。

引き揚げられた死体を見て親父は泣き崩れ、オフクロは半狂乱になった。モノホンのキチガイになるのに、たいして時間はかからなかった。

今も精神病院から出てこられない。



モニターの女に言われた波止場の店なら既に見当が付いている。万年開店休業中で、アル中一歩寸前の私立探偵、それが俺。


店のドアを開けて中に入った、
いや驚いたね俺は。


ぐうの音も出ないような素晴らしい出っ尻がこっちに向いている。俺に向かって。

俺は暫く阿呆みたいにして突っ立ってた。
こんな尻、次はいつ拝めるかわからない。

思わず手を合わせそうになった時、出っ尻の持ち主が上半身をよじってこちらを振り向いた。


「難しい局面なのよ、今」



女はビリヤード台に屈みこんでおり、台を囲んで数人の客が台と女を交互に見比べていた。



往年の名ゲーム、8ボール。




「俺で良ければ代わりに打ちますよ、レイディ」



言った側から後悔したが、この尻を目にした後では仕方がないことだし、俺に付ける薬がないのは生まれた時からわかりきってることだ。


俺はカウンターに上着を置いた。

物語る古都




建物は




空間を定義する







界を結びて千年


こだまする



遥かな約束





記されし


統べる王と祝福の民の記憶




古都は


物語る







Photo by 亭主(Go Pro hero5で撮影)

マダムのお絵描き


2〜3年前に描いたものが出てきた、

イメージは80年代のファッションスケッチです。

ヴィスコンティでB2B(Back to Back)


【マダム】 昨日からマーラー漬けです。


グスタフ・マーラーはこの曲を愛するアルマに書きました。あまりにも甘美なこの交響曲は、『ベニスに死す』でも使われています。


【ヒデ】 『ベニスに死す』を観たときに、なんて美しい曲なんだと感動しました。
アルバムも買ったものの結局、アダージョしか聴きませんてしたが。


ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』でも使われてました。


クラシックはあまり聴かないけれど、映画でとりあげられたレコードやCDは買ったりしてましたよ。


ブラームスはお好き』のブラームス交響曲3番、『愛と哀しみのボレロ』のラヴェルの『ボレロ』、
『ヤング・ジェネレーション』の交響曲第4番イ長調『イタリア』、『鬼火』のエリック・サティ

地獄の黙示録』の『ワルキューレの騎行』、『恋人たち曲/悲愴』の『ピアノ協奏曲1番』、
2001年宇宙の旅』の『ツァラトゥストラ はかく語りき』と『青きドナウ』などなど。


映画から教わることはたくさんあります。



【マダム】 へえ!コーヒー&シガレッツでもマーラーが?いい映画ですよねぇ、あれも。

この雰囲気・・・!


ブラームスはお好き』は、サガン原作ですね、個人的にサガンの作品の中でも特に好きな一冊です。


って今改めて調べたら、主人公のポールは39歳の設定かぁ、これは響きますね…。

酸いも甘いも嚼み分けた歳上のオジサマ恋人ロジェと、付かず離れずの『自由で気楽な』ー、だけど孤独も漏れ無くついてくる、
あの手の関係を続けてきた39歳独身女の前に、素直でひたむきで可愛い25歳の男・シモンが現れる。


やがて2人は同棲を始めるが、いつしかすれ違ううち、女は元の古巣へ、、
だけどロジェは自分が戻ってくるとわかった途端、火遊びを再開、


去りゆく若き恋人の背中に呟くのは、

「シモン、だって私、もうオバさんなのよ、オバさんなの…」

という、自身への戒めともとれる台詞。
これはヒリヒリする!

2017年のジャポンで読んでも全く遜色ないんですがこれは。

ブラームスはお好き (新潮文庫)

ブラームスはお好き (新潮文庫)


【ヒデ】 遜色ないね。

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雅楽版「君が代」の比類なき美しさ

youtu.be

これを初めて聴いたのは、数年前の年の瀬だったかと思う。元旦に君が代を聴きたいと思い、youtubeをパトロールしていた際に知った。

以降、折に触れて聴く一曲である。


雅楽は近年心惹かれている音楽の一つだが、まず国内にアーティストが殆どいない。知っている限りではご存知東儀氏と天地雅楽という名のバンドの2組だけだ。
(ちなみに私は天地雅楽の一曲を目覚ましの際の音楽にしている)


そもそも雅楽が宮廷音楽という位置づけに立脚している以上、宮内庁楽部が連綿と続いて行けば問題はないのではあろうが、まずはこの「君が代」雅楽版を聴いてみて欲しい。


この押し付けがましくないドラマティックさは雅楽だからこそ成し得るもの。


遥か天上から響いてくるかのような笙の音は、子供達が「天使の梯子」と呼ぶ、あの雲間を抜けて地上に放たれる一条の光のようで、その神々しい響きに、なかんずく涙すら滲むようである。



これほど荘厳な国歌があろうか?



これを聴いて心が震えないのだとしたら、日本人としての大和DNAが錆び付いているのではないかと思うほどである。


森友学園問題でお上とメディアはいよよ騒がしさを増しているが、他方、右か左かというずっと以前に、自国を愛することの尊さを、私たちはいつから意識しなくなったのか。


テレビの向こうでマスコミに揉みくちゃにされながら、日本がこのままで良い訳はないのですと籠池氏は叫んでいた、

彼と彼の幼児学園における思想的教育の極みは、そのファナティックさゆえに一般感覚で言えば唾棄すべき事案だが、個々人が「欧米主義的スタンドアローン化」してきた我が国において、憂国の士がその激烈な手法で独走して来た所以もまた、想像に難くないのであるー


さて君が代

幼少期から高校、大学生位までは、なんとつまらない国歌なんだろう、この地味さはなんだ、と常々思っていた。
アメイジンググレースとかいいよね〜華やかで。ゴスペル感もあるし、という感覚。



だがしかし、君が代の初期値=本来あるべき姿は「雅楽」だったのである。


これでなくては我々日本人の知りたる美というものは、何一つ伝えられないし、伝わらないのだ。


そういうわけで時々私は雅楽版「君が代」を聴いて精神をリブートする。そしてこの感性がインストールされた民族であることを、誇りに思うのである。